アルベルタへ(hirarin Side)

ミューラー家にお世話になってから一ヶ月が経とうとしていた。
日本語みたいに何種類も混ざる言葉は無くホッとしていた。

何とか書いてあるものも読めるようになったし、自分で書く事も出来るようになった。
人間追い詰められると強いと改めて思った(笑)
サフィーネさんや教えてくれたメイドさんは覚えがいいと言ってくれたが、計る基準が分からないので何とも言えない。

とりあえず、二ヶ月お世話にならずに済みそうなのは良かった。
「サフィーネ様。もう、ひらりんさんは完璧です。」
「そうね。ここまで覚えれば心配ないわね。分からなければ、聞けば良いしね。」
私の目の前に居る二人は満足そうに言った。
(言葉覚えるには海外留学と言うけれど、全くもってその通りだなあ。)
まあ、この状況じゃあ覚えなきゃやっていけない訳だしね。私が運動系で秀でていれば話は別なんだろうけれど、それはありえないし。
「お二人とも本当にありがとうございました。」
私は深々とお辞儀をした。
「とりあえず、言葉はこれで良いけれど、商人としての勉強はこれからよ。覚悟は良いわね?」
「はい、覚悟と言うか・・・。楽しみにしています。」
私がにっこり笑って言うと、二人は何とも言えない顔をしていた。
「勉強好きな方って余りいらっしゃらないんですか?」
「ええ、好きな方が少ないわね。それで破産しちゃう人も結構いるのよ。」
少し溜息混じりに言うサフィーネさん。
「私は、どうでもいいって思うことは見向きもしませんけれど、必要だって思う事は喜んで勉強しますよ。学ぶ事は嫌いじゃないですしね。」
「貴方は大富豪の卵なのかもしれないわね。」
サフィーネさんは真剣な顔をして言うもんだから、茶化せなかった。
「大富豪にはなれたとしても、なりたくないです。お金で買えない大切なものってありますし、私はそちらを大事にしたいですかね。だから生きていけるだけのお金があれば良いですよ。まあ、そこまで稼げるようになるかどうか分かりませんけれどね。とにかく、次の勉強も頑張りますよ。」
サフィーネさんは私の言葉を聞いて、何かホッとした表情になっていた。次の日から、早速商人に必要な知識の勉強に入った。
+−×÷や、それの暗算が最初のメインになった。
(そうだよね。学校が見当たらないから算数が無いんだ。これに関しては日本の義務教育に感謝かな。)
すらすらと解いて行く私に講師役の人は驚いていた。
(すらすら解くのは不味かったかな・・・。)
予感は的中。次の日にサフィーネさんから早速お呼びが掛かった。
「失礼します。」
恐る恐る私はサフィーネさんの部屋へ入った。
「早速なんだけど。うちの講師になるとか、数学者になるとか考えてみない?」
余りにも予想通りな展開に私は心で苦笑いしていた。サフィーネさん真剣な顔してるし・・・。
「一文無しになったら、講師については考えさせて頂いても構いませんが、数学者は勘弁して下さい。数学は好きじゃないもので。」
サフィーネさんは私の言葉に残念そうに溜息をつく。
「分かったわ。正直残念だけれど、仕方ないわね。貴方の生き方を縛るつもりは無いから安心して。貴方が数年前に来てくれれば、娘の教育をちょっと見て欲しかったかな。」
少し物憂げな表情をするサフィーネさんは初めて見た。メイドさんに聞いた話によると、ここの長女のベルセスさんが数年前に家を飛び出して以来音信不通で帰って来ていないらしい。お転婆だったらしいが、サフィーネさんは今居るおしとやかな次女のナスカさんよりも可愛がっていたとの事だった。
「ベルセスさんにですか?」
私がそう聞くと黙って頷く。
「でも、私がベルセスさんに何か教えてあげられましたかね?」
私は正直不思議に思っている。
(私にお転婆な女性に教えてあげられる事があるだろうか?)
「処世術かしらね。あの子は元々たくましいからそんなには心配していないけれど、変な話なんかに引っかかっていなければって思うの。」
「私には処世術があるとお思いで?」
(無くは無いだろうけど、人様に教える事なんて無いと思うし・・・。)
「伊達に年を取っているとは思えないわね。この短い間にこの屋敷のかなりの人間と上手く付き合ってる。それに、言葉を瞬時に選んでいるし・・・相手の様子を伺うのも、合わせるのも上手だと思うわ。」
少しニヤッとしながらサフィーネさんは言った。
(様子を伺うかあ。どうなのかな?確かに出方を見たり、どんな人かなと見る時はあるけれど、誰でもすることだろうし。まあ、計る物差しが違うって事かな。)
「誰でも、計る物差しは違うと思います。ただ、全てを自分中心に考えるのではなく相手の立場に立って考える事をするかどうかなのかなと。どうしても、自分がされたらどうなのかなというのは、自分の物差しでしか計れませんけれどね。」
「それに、貴方は誠実だわ。」
「いえ、それはどうかと。サフィーネさんが思っている程良い人間じゃないですよ。」
私はいつものように返答していた。
「そう言えるだけ良いと思うわ。貴方能力があればアコライトやプリーストを薦めるのにね。私とある意味同じ人種かな。」
サフィーネさんの言葉の真意がわからず首をかしげた。
「うふふ。おせっかい好きでしょ?それで、喜んでもらえると無性に嬉しいの。」
「それは、正解ですね。大きなお世話大好きです。それに喜んでもらえれば嬉しいです。後は、私がその人のきっかけになれれば良いなと。」
私は少し笑いながら言った。
「商人の変な試験受けさせる必要ないわね。勉強が終ったら特別コースにしてあげるわ。ベルかナスカの旦那になってみない?」
冗談なのか本気なのか分からない少し笑った表情で言う。
「お二人の明るい未来を閉ざすつもりはありませんので。もっと相応しい方がいますよ。」
「見事にかわされちゃったわね。何人その台詞で振って来たんだか。」
「人聞きの悪い事言わないで下さい。私みたいな変わり者に言い寄る人間はまず居ませんよ。」
私は苦笑いしながら答えた。ただ、この時に言っていた「特別コース」の意味を私が知るのはもう少し後になる。
「話が脱線したけれど、後一月足らずめい一杯勉強していってね。」
「はい、お言葉に甘えまして。それと、一つだけご指摘宜しいでしょうか?」
「何?」
サフィーネさんは不思議そうに私の顔を見た。
「イズルードの貴婦人が、気さくな奥様になっていますよ。」
「良いのよ、気に入った人じゃなきゃこういう風にはならないの。全く、年下にからかわれちゃったね。」
言葉とは裏腹に嬉しそうに言う。
「それでは、失礼致します。」
「頑張ってね。きっと良い商人になれるわ。」
私はその言葉に無言の一礼で答えて、部屋を後にした。
(とりあえず、変な話は無くなったから良かった。)
ホッとして廊下を歩いていった。

そして、お世話になってから2ヶ月が経った。
実際の商人の勉強以外にもいろいろ学ぶ事が出来た。途中ナスカさんにも会う機会があった。殆どをお見合いで過ごしているらしくストレスが溜まっていた様なので、少し話し相手になった。少しは気が晴れてたら嬉しいかな。
今、私はイズルードの港に居る。わざわざ、サフィーネさんとナスカさんがお見送りに来てくれていた。
「ひらりんさん。頑張って下さいね。」
「マンスに宜しくね〜。」
「本当にお世話になりました。また、イズルードの近くに寄る事があって、お暇があれば顔を出させて頂きますね。」
私は頭を下げてから軽く一礼した。
(それにしても、何て豪華な見送りなんだろう。嬉しいけれど、何か複雑な気持ち・・・。)
船は港を離れて行きアルベルタへと向かって出航した。