マンスの難題{前編}(hirarin Side)

船旅は順調で何事も無くアルベルタについた。
私はサフィーネさんの紹介状を持って、マンスさんという方を訪ねて回った。ここでは有名な方らしくてすぐに住んでいる場所が分かった。
「すいませーん。」
私は声を出しながら建物に入った。
「はい、どちら様ですか?」
「私はひらりんと申しまして、イズルードのサフィーネ・ミューラー様から紹介状を頂きまして、こちらのマンス様を訪ねて来ました。」
私はそう答えてから紹介状を差し出した。
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。暫くお待ち下さい。」
「はい。」
受付の女性は奥へと入って行った。私の方は少し内装を見させて貰いながら、返答が来るのを待った。思ったよりも早く、受付の女性ではなく違う男性が一人出てきた。この人がマンスさんかな?
「よう、俺がマンスだ。いやあ、紹介状は見させて貰ったぜ。サフィーネさんからこれだけの太鼓判押されるなんて初めてだからな。」
「そうなんですか?。」
サフィーネさん一体何を書いたんだ・・・。私はちょっと不安になりながらもマンスさんの話の続きを聞いた。
「ああ、他の奴なら色々やらせる事決まってるんだが、あんたは特別コースを用意しよう。ちと難しいが、出来れば商人として認めてやるし最初の資金もそれなりに溜まる。どうだ?やってみるか?」
「かしこまりました。私の為にわざわざ用意してくれる訳ですから喜んで。サフィーネ様の顔に泥を塗らないように頑張ります。」
「よし、良い度胸だ。じゃあ、用意するから、その辺に座って待っててくれ。」
そう言うと、マンスさんは奥へと入って行った。
(何をやらされるのか分からないけれど、私を買ってくれているサフィーネさんの顔に泥だけは塗らないようにしないと・・・。)
私は近くにあるソファーに腰を掛けて待たせて貰う事にした。待っている間にかなりの人の出入りがあった。受付の女性は見事に多くの人間を裁いていた。
(見事なものだなあ。)
私は感心したように見ていた。
「お待たせ。ん?あいつは駄目だぞ。俺の所のとっておきだからな。まだまだ、働いて貰わないといかん。」
後ろからマンスさんに声を掛けられた。どうやら勘違いされたようだ。確かに綺麗な人だとは思うけどね。
「いえいえ、見事な仕事ぶりだと思いましてね。」
「ほう、やっぱり目の付け所が違うな。まあ、良い。これだ。」
マンスさんはそう言うと机の上に見取り図を置いた。縮尺は結構小さいのに、これだけ大きいって事はかなり広い場所だな・・・。
「これは、港の倉庫の見取り図だ。実はな、先代の管理者がものぐさな奴でな。今かなり中が酷い事になってる。それの整理をして欲しい。人は使って貰って構わん。期限は3日だ。整理のやり方は任せる。」
「かしこまりました。早速現状を見てきます。場所は何処でしょう?」
「案内させるから待ってくれ。おーい、ミーシャ。こいつを港の倉庫まで案内してくれ。代わりの受付立たせるから頼む。」
今まで受付をしていた女性にマンスさんは声を掛けた。
「かしこまりました。それではひらりんさん参りましょう。」
「宜しくお願い致します。それではマンスさん失礼致します。」
私は軽くマンスさんにお辞儀をしてからミーシャさんに着いて行った。流石は商人の町であり港町、イズルードと違い物凄く活気がある。暫く潮風に吹かれて歩いていくと、前を歩くミーシャさんが止まった。
「こちらになります。色々落ちているかもしれませんので足元にはお気をつけ下さい。」
「わかりました。」
入口も大きかったが、中もかなり高く広かった。あちこちに物凄い数の荷物が積まれていた。ただ、どうみても荷物がバラバラになっているのが一目見て分かる。中には重みで潰れて中身が出てしまっている木箱なんかもあった。
「うーん・・・。」
私は思わず苦笑いしてしまった。
「やはり、そういう反応になりますよね。私も初めて来た時はそう思いました。以前は私もここの整理のお手伝いをしたのですがどうにもこうにも駄目でした・・・。」
ミーシャさんは溜息混じりに言う。
「ちなみに、どの位の期間を費やしたのですか?」
「一ヶ月です・・・。」
これだけ優秀な人が関わって一ヶ月してどうにもあらなかったのを三日で何とかか・・・。総動員でも微妙な線だな・・・。
「すいませーん。誰かこの荷物どけて貰えませんかー?」
ミーシャさんが途中にある荷物の山で止まって言った。暫くして人が来てミーシャさんの前の荷物をどけてくれた。そうすると、入口のドアが現れた。こりゃ前途多難だな・・・。
「どうぞ。中は昨日掃除してありますので。」
「それでは、失礼致します。」
私は先に中に入った。中に入って気がついたのは、窓があるが、全部荷物で見えなくなっている。多分無くなれば中を見渡せるんだろうなあ・・・。ミーシャさんの言う通り内装に関しては文句無し。とても綺麗で整理されていた。とりあえず、身近なソファに座った。
「それでは、私はここで・・・。」
「ちょっと待って貰えますか。」
「はい?」
私に呼び止められて不思議そうにミーシャさんは振り返った。
「マンスさんに人は使っても良いって言われましたんで、ミーシャさんに手伝って頂きたいんですけれど、宜しいですかね?」
「うふふ。強制ではないのですか?」
少し笑いながら聞き返してくるミーシャさん。こりゃ、強敵だ(笑)
「嫌々でしたら、引き受けて頂かなくても構いません。ただ、正直な所を言えば前にもやった事があるのを聞いてしまったので、お力を貸して頂けるとありがたいです。」
「ひらりんさん、人の心をくすぐるのがお上手ですのね。マンスさんから了解を頂けたらお手伝いさせて頂きますわ。サフィーネ様がごひいきする貴方が何処まで出来るのかお傍で見させて頂きますわ。」
にっこり笑って言う。この人私の事試してるなあと思いながらも、
「是非とも宜しくお願い致します。」
私もにっこりと笑って答えた。ミーシャさんはすぐに出て行った。私の方は見取り図を見て、今居る部屋の位置の確認と中がどうなっているか大雑把に見た。他の書類には荷揚げされるもののリストがあった。
(くっそー。パソコンがあれば。)
心底思った。しかし、無いものねだりしても仕方ないので、リストをざっと見てみた。


暫くしてからミーシャさんが戻って来た。

「約束なのでお手伝いしても宜しいと許可を得てきました。」
「マンスさん困っていたでしょう?」
「何で分かるんですか?」
「最初の「約束なので」って所でそう思いましたよ。最初は駄目と言われたかと。」
ミーシャさんは私のその言葉に少し目を細めて私を値踏みするように見た。
「予想では、そこでミーシャさんが約束しませんでしたっけ?とでもおっしゃって渋々了承したのかなと。」
「ご名答です。何でもおっしゃって下さい。私が出来る事でしたら何でも致しますので。」
にっこり笑って答えてくれた。
「それでは、まず前回の時のお話とこの中の事で知っている事を簡単で良いので教えて頂けますか?」
「かしこまりました。」
ミーシャさんは私の向かいに座って簡潔に話をしてくれた。話を聞くに、どうやらここの倉庫には数人発言力がある人がいて、前回はその人たちに協力を仰げなかったのが失敗の原因だと私は判断した。それともう一つ分かった事があった。間違いなくこのミーシャさんは優秀だという事が分かった。怒らせると恐そうだけど(笑)
早速リストを手分けして大分類、中分類、小分類に分けた。倉庫の面積と品物の大きさを考慮して整理案の元を作った。それだけで、随分と時間を取られてしまった。
「ふう、何とか形にはなったかな?」
「そうですね。では、これからどうしますか?」
「疲れたし、一旦外に出て休憩しましょう。」
「はい。かしこまりました。」
私はミーシャさんと倉庫の外に出た。外に出ると夕暮れ時だった。綺麗な夕日の中、まだまだ、仕事は続いていた。
「ミーシャさん。倉庫の仕事はどの位まで続くんですか?」
「日暮れまでですよ。」
「うーん、それじゃあ少し軽く食べるものでも5人分用意してくれませんか?」
「はい、構いませんが・・・全部召し上がるのですか?」
ミーシャさんは不思議そうに聞く。
「ええ、私ではないですけれどね。お願い出来ますか?ここで待っていますので。」
「かしこまりました。」
ミーシャさんは走っていった。そんなに急がなくても良いんだけどなあ。さーてと、あの辺にいる人にでも聞いてみようかな。
私は一休みしている人たちの方へ歩き出した。
「あの、すいません。現場の責任者の方はいらっしゃいますか?」
「ん?ああ、あそこにいるぜ。」
指差す先にがたいの良い一生懸命働いている人が見えた。
「お休みの所どうもありがとうございました。」
私が深々と頭を下げてお礼を言うと、相手は不思議そうに見ていた。とりあえず、その場を離れて元いた場所へ戻っていった。暫くするとミーシャさんと他に二人が籠を抱えてやってきた。
「ひらりんさん。ご用命のものお持ちしました。」
「ありがとうございます。もう少し待機していて頂いて宜しいですかね?冷めるものですかね?」
私は気になったので聞いてみた。
「いえ、ここの作業が終っても美味しく食べれるものですよ。それで宜しいんですよね。」
うわーい、お見通しだったのね。でも、分かってくれて助かるなあ。マンスさんが渋るのも分かる。こりゃ、ミーシャさんの為にも頑張らないと。
「完璧です。それでは、終るまで待たせて頂きましょう。」
私とミーシャさん達3人は日が暮れるまで待った。日が暮れると次々と、働いている人達が帰っていく。
「では、参りましょう。」
私は、現場の責任者の人の所へ向かった。最終チェックしているのが分かったので邪魔にならないように少し離れて見ていた。時々舌打ちが聞こえていた。こりゃ、どうみても現状のこの状態に満足してるとは言い難い。話し合う余地はありそうだ。
暫くして終って疲れたのか、その場に座り込んだ。それを見計らって、三人と一緒に責任者の人に近付いて行った。
「ん?誰だ!」
私達に気がついてすぐに振り向く。
「お仕事中でしたか?」
「いや、今終ったが。」
責任者の方は私を訝しげに見ている。
「私はひらりんと言いまして、マンスさんに頼まれて、この倉庫の整理をしようと思っているんです。宜しければ軽くつまみながらお話をさせて頂けませんでしょうか?」
「ふんっ、マンスの名前が出ちゃあ話をせん訳にもいくまい。手短にな。」
「はい、ありがとうございます。それではお近づきの印に、ミーシャさんお願いします。」
「はい、どうぞ。」
ミーシャさんはパンとミルクを責任者に渡した。一気に食べてミルクで流し込んだ。うーん、豪快だ。
「で?」
「はい、明日と明後日の2日で良いのでお仕事の終わり少し前にお力をお貸し下さいませんでしょうか?」
「ん?たった2日?しかも終わり前だけか?」
責任者は不思議そうな顔をして聞いてきた。
「はい、何日も、しかも長時間ではお仕事にも支障が出るでしょうし、皆さんが協力というのも無理があるでしょうし。明日と明後日と急なお願いなのですが如何でしょうか?」
「それで、この滅茶苦茶が直るなら構わんさ。まあ無理だとは思うが、その位なら良いぞ。ただし、船の方の入港の時間とかもあるからな、それで最終入港が終った後なら構わんぞ。」
私の提案と、責任者の呆気無い了承にミーシャさんは目を丸くしていた。
「はい、これから明日と明後日の予定をすぐに聞いてきますので、宜しくお願い致します。明日の朝一番でご報告させて頂きます。どの位にこちらに来られますか?」
「最初の入港予定の30分位前かな。明日は5時が最初だから4時半頃だな。」
責任者は言いながら、私にそんな時間にはこれまいという顔をしている。これはしめたもんだ。
「かしこまりました。その時間より前にはお伺いさせて頂きます。お仕事のスタートに支障は来たさないようにさせて頂きます。」
私の言葉に責任者は驚いていたが、少しして笑い出した。
「はっはっは。気に入った。お前さんは前に来た奴とは違うな。何で前にあんたをよこさなかったんだろうな。じゃあ、明日の朝待ってるぜ。」
そう言って責任者は機嫌良さそうにその場を離れていった。
「ご了承ありがとうございました!」
私は去っていく責任者に暫く頭を下げていた。ミーシャさん達の視線を感じて頭を上げた。
「すいませんね。お三方も戻って下さい。夕飯の準備だとか大丈夫ですか?」
私の言葉にミーシャさんと一緒に来た二人は慌てて一礼してから走って行った。ただ、ミーシャさんは残っていた。
「えっと、ミーシャさんは宜しいのですか?」
「まだ、行く所がありませんか?そこへの案内は必要ありませんか?」
変に気を使うなって事か。これまたお見通しだし。ただ、さっきのびっくりした顔は見ものだったかな(笑)言ったら怒りそうだから黙っておこうっと。
「では、船の入港時間の詳しい方の所へ案内して下さいますか?」
「かしこまりました。こちらです。」
ミーシャさんに着いて行って最終入港時間を聞き出した。
「さてと・・・後は明日と明後日だなあ。」
私は暗い港で潮風を吸い込みながら背伸びした。
「あの・・・。たったあれだけで出来るのでしょうか・・・。」
後ろで心配そうにミーシャさんが呟く。
「それを、出来るように考えるのが、私とミーシャさんの仕事。後は現場の人を信じるだけ。」
「それは、そうなんですけれど・・・。」
俯いて手を合わせる。まあ、そりゃそうなんだけどね。そんな事言っててもしょうがないし。
「良いんですよ。出来る事をやって出来ないのならそれまでです。三日でやるにはこれしかないですから。荒っぽいのは仕方無いですよ。後二日頑張りましょう。」
「はいっ!」
私の言葉で迷いが吹っ切れたのか笑顔で答えてくれた。さーて、後は明日と明後日だ。やれるだけの事はやってやろうじゃないの。いつに無く気合の入った私だった。